大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)292号 決定 1986年7月17日
抗告人
西山利平
抗告人
横田憲介
右代理人弁護士
田村裕
相手方
村上木材株式会社
右代表者代表取締役
村上欽二
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
第一、本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、当裁判所も原決定と同様抗告人らの本件移送申立を却下すべきものと判断する。その理由は以下のとおり附加するほか、原決定理由説示のとおりであるからこれを引用する。
併合請求の裁判籍を定める民訴法二一条は、いわゆる主観的併合、即ち、数人の被告に対する共同訴訟についても、被告の権利保護と訴訟経済の配慮から、共同訴訟のうち民訴法五九条前段に当る訴訟の目的たる権利義務が数人につき共通である場合や同一の事実上及び法律上の原因に基づく場合に限り同法二一条の適用を認めるのを相当とする(大判昭六・九・一七民集一〇巻八八三頁、大決昭六・九・二五民集一〇巻八三九頁、とくに大判昭九・八・二二新聞三七四六号一一頁参照)。
そして、このような観点から、本件の併合形態をみると、一件記録によれば原告(相手方)の被告株式会社西山製材に対する売掛代金請求事件(同被告会社との間に原裁判所を管轄裁判所とする旨の合意がある)に、抗告人らに対する右売掛代金回収不能による商法二六六条ノ三第一項所定の損害賠償請求訴訟を併合提起しているものである。そして、同条項の責任はとくに本件のような間接損害の類型についてみると、取締役が悪意または重大な過失により会社に対する義務に違反し、よつて会社が右任務懈怠行為に基づき会社財産の欠陥などの損害を被つた結果などから倒産して第三者である会社債権者が売掛代金回収不能による損害を蒙らせたことを要件として、当該取締役が直接第三者に対し損害賠償責任を負担させたものである(最判(大法廷)昭四四・一一・二六民集二三巻一一号二一五〇頁参照)。
そして、この場合第三者(原告)が会社から売掛代金の完済をうければ第三者(原告)の取締役(抗告人ら)に対する同条項の責任が消滅する関係にあり、かつ両者同一の売掛代金債権を原因として発生したものといえる。したがつて、両者は、民訴法五九条前段の権利義務の共通するものないし同一の事実上の原因に基づくものに該当するというべきであるから、本件については民訴法二一条が適用され、原審に併合請求の管轄がある。
二、抗告人らは民訴法三一条所定の「著キ損害又ハ遅滞」を避けるため本訴を高知地方裁判所へ移送することをも求めているが、前示引用の原決定認定の事実及び一件記録に顕われた諸般の事情に照らしても、本件につき「著キ損害又ハ遅滞ヲ避クル為」高知地方裁判所に移送する「必要」があると認めるに足りない。
三、抗告人はこのほか原告(相手方)が抗告人らの訴訟についてのみ分離して高知地方裁判所へ移送することを求めているが一件記録に照らしてもそのようにすべき相当性も認められず、その必要性もない。
四、そのほか、一件記録を調べてみても、原決定を取り消すに足りる違法の点はみあたらない。
第三、結論
したがつて、原決定は結論において相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)
抗告の趣旨
一、原決定を取消す。
二、本件訴訟を高知地方裁判所に移送する。
との裁判を求める。
抗告の理由
一、本件訴訟は売掛代金請求に関する合意管轄を根拠に当事者及び訴訟の性格を全く異にする、売掛代金請求・詐害行為取消請求・抗告人らに対する商法第二六六条ノ三にもとづく損害賠償請求訴訟を、併合提起したものである。しかしながら、抗告人らは民事訴訟法第三一条により本件訴訟の著しき損害及び遅滞を避けるため、本件移送の申立をなしたものであるが、その理由とするところは後記第三項以下に述べるほか原決定別紙(一)及び(二)のとおりであり、同主張を援用する。
二、ところで、
(1)、民訴法三一条は、複数の管轄裁判所が存在する事件については、そのうちの一つの裁判所を選択して提起された訴訟を、「著キ損害又ハ遅滞」を避ける必要があることを要件として、他の管轄裁判所に移送したうえ審理することを認めているものであるところ、右要件のうち「著キ損害」の有無の判断は、当事者の訴訟遂行上の具体的な利益を中心として判断されるべきであり、右にいう「著キ損害」を避ける必要があるか否かの判断に際しては、直接的には訴の相手方当事者である被告側の受ける不利益が考慮されるべきである。この観点から裁判所としては、移送の要否の決定については、当事者の訴訟遂行能力についても十分検討すべきものといわなければならない。これに対し「著キ遅滞」を避ける必要があるか否かの判断は主として公益的な見地からなされるものである。結局、移送の要否は右損害及び遅滞の両要件を総合的に比較考量して判断すべきものであるとするのが判例である(大阪高決昭和五四年二月二八日判時第九二三号八九頁)。
(2)、しかしながら、原決定は、
「本件の人証については、高知市在住者の数が大阪府下在住者の数を上回ることが推測されるが、発達した交通事情がすれば、その出頭確保は必ずしも困難でなく、場合によつては出張尋問、嘱託尋問も採用できること、また、右売掛代金請求分について、被告会社は訴訟外で、原告の本件における売掛代金請求金額を認めているという事情も存し、したがつて、人証の多数の所在地が高知市であることによる訴訟の遅滞は著しいものとは考えられず、さらに、一件記録によれば本件管轄の合意は大阪地方裁判所のみを管轄裁判所とする旨のいわゆる専属管轄の合意であると解することができ、右合意の存在をも併せ考えると、本件を民訴法三一条により高知地方裁判所に移送する必要があるとするのは相当でない。」
として却下し、さらに、抗告人らがした抗告人らに対する商法二六六条の三に基づく損害賠償請求分についてのみの移送申立についても、
「前記三個の請求は相互に密接に関連するものと考えられるので、他の請求分についての審理と併せ行うことが相当と考えられ、右一部移送の申立も理由がない。」
として却下した。
三、しかしながら、
(1)、原決定は、右法三一条のうち「遅滞」のみについて判断し、被告らのうける「著しき損害」については何ら判断がなく理由不備である。すなわち、原決定も認めるように調べられる予定の証人は圧倒的に高知在住者が多い。航空運賃だけでも多額の費用がかかるのである。ましてや裁判所の出張尋問を受けるとすればその旅費・日当だけでも多額の費用がかかる。被告らは結局費用の負担にかまけて実質的な防御が出来なくなる。原判決の理由は詭弁である。
(2)、前記管轄の合意は本件抗告人らにおいて、なしたものでないことは一件記録から明らかである。却つて、原決定添付別紙(二)第三項で述べたとおり、右管轄合意は抗告人らが被告会社取締役辞任後約一年を経過した時期になされたものであり、右管轄合意の有無をもつて、本件移送の要否を判断すべきではないと考える。
何故なら、詐害行為取消請求訴訟並びに商法第二六六条ノ三にもとづく損害賠償訴訟部分については、管轄合意のある売掛代金請求訴訟とその当事者(被告)及び訴訟の性格を全く異にするものであること並びに被告の防御を視点として「著しき損害」がないようにしなければならず、右管轄合意の効果を抗告人らに及ぼすことそれ自体が不当だからである。また、原判決は専属管轄であることを移送却下の理由とするが、詐害行為取消、商法二六六条の三の事件が高知地方裁判所に提起されこれと併合して売掛訴訟が高知地方裁判所に提起されたと仮定した場合、右売掛代金訴訟部分について専属管轄の合意があるとして管轄違いの決定をすることは許されない。けだし、審理の重複による訴訟の著しい遅滞・裁判の矛盾を避ける公益上の相当の必要あり、右合意は効力がないからである(大阪高決昭和五六・一二・二判時一〇四七号八八頁)。
(3)、また、管轄につき外形上、民訴法第二一条の要件を充たす場合であつても、当事者(原告)が、自己に便利な裁判所へ管轄を生じさせるためだけの目的で、他の裁判所の管轄に属する請求を併せてなしたと認められるような場合は、民訴法第二一条によつて与えられる管轄選択権の濫用として、これを許容することができないものと解されているものである(なお、札幌高決昭和四一・九・一九高民集一九巻五号四二八三)。
本件は、原決定も認めるとおり売掛代金訴訟についてはその存否並びに支払義務につき被告会社に争いはないのであつて、敢えて売掛代金訴訟提起をなす必要もないからである。すなわち、原告の意思するところは、詐害行為取消及び商法二六六条の三の再訴訟を大阪地方裁判所に係属する目的だけをもつて、右売掛代金訴訟も提起したものであつて、右は管轄選択権の濫用に外ならない。
四、よつて、抗告の趣旨記載の裁判を求める。